平和について

II-11: 平和について

平和とは?


1.平和とは?

平和とは何でしょう?
毎日無事に生活できて、学校や仕事に行かれて、友達や家族と楽しく過ごせること。

って答える方が多いような気がします。

平和を調べてみると… 反対に紛争や貧困といったキーワードも同時に出てきますね。

 


出典

ウィキペディア ja.m.wikipedia.org

 

カトリック教会では、様々なボランティア活動などを行っています。後半はその活動や、イグナチオ教会が行っているボランティア活動についても解説します。


平和とは、

•戦争や紛争がなく、世の中が穏やかな状態にあること。また、さのさま。

•心配や揉め事がなく、穏やかなこと。またそのさま。


•平和は、戦争や暴力で社会が乱れていない状態。

 

と載っています。
出典 

•dictionary.goo.ne.jp

ウィキペディア 

ja.m.wikipedia.org

 

2. イエスと平和
エス様は、まず、小さき者(貧しい人、弱い人、虐げられている人、子ども)に手を差しのべてくれました。

キリストの模範にならって、私達にできる平和から始めてみませんか?

 

カトリック教会は平和を大切にしています。平和は、まず「人間の尊厳」にあります。

信仰を持っている人は、人間の尊厳は人間社会がつくりだしたものではなく、神によって与えられたものである。という聖書の教えを信じています。


人間の尊厳を大切にすることで、一人ひとりの基本的人権が守られます。そして、世界の人々が助け合い、互いに愛し合うことで、平和を築いていけるのです。


エスは「互いに愛し合いなさい」と愛のおきてを残してくださいました。

この愛のおきてを実践して、真の平和を築きましょう。


出典

戦後70年司教団メッセージ

平和を実現する人は幸いー今こそ武力によらない平和を

 

1981年2月23日〜26日、教皇ヨハネパウロ二世は「平和の使者」として日本を訪問し、多くの人々に喜びと希望を与えました。

特に、広島平和記念公園で全世界に向け9ヶ国語で「平和アピール」を行い、「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです。」と、繰り返し言われました。


日本のカトリック教会は、その翌年(1982年)もっとも身近で忘れることのできない、広島や長崎の事実を思い起こすのに適した8月6日から15日までの10日間を「日本カトリック平和旬間」と決めました。

この平和旬間に、広島教区と長崎教区では、全国から司教をはじめとして多くの信徒が集まり、「平和祈願ミサ」がささげられます。

また各教区でも、平和祈願ミサや平和行進、研修会、平和を求める署名などが行われます。


出典

カトリック中央協議会

www.catholic.jp

 

教皇ヨハネパウロ二世の平和アピールから、いくつか紹介します。


•戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。

•戦場ーそこでは、自然が慈悲深く地上の傷をいやしてくれますが、人間の憎悪と敵意の歴史を消しさることはできません。

•常に平和でなければなりません。すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。

•暴力と憎しみにかえて、信頼と思いやりを持とうではありませんか。

•すべての人々に、私はここで預言者の言葉を繰り返します。

「彼らはその剣(つるぎ)を鋤(すき)に打ちかえ、その槍(やり)を鎌(かま)に打ちかえる。国は国に向かって剣を上げず、戦闘のことを再び学ばない」

イザヤ2:4


出典

教皇ヨハネパウロ二世「広島平和アピール」1981

日本カトリック司教協議会 

社会司教委員会 編

2011年5月1日 発行

 
✤平和を願う祈り

アッシジ聖フランシスコの祈り)


神よ、わたしを平和の道具にしてください。

憎しみのあるところに、愛を

いさかいのあるところに、ゆるしを

分裂のあるところに、一致を

迷いのあるところに信仰を

誤りのあるところに、真理を

絶望のあるところに、希望を

悲しみのあるところに、喜びを

闇のあるところに、光をもたらすことができますように。

神よ、わたしに、慰められるよりも慰めることを

理解されることよりも、理解することを

愛されるよりも、愛することを望ませてください。

自分を捨てて初めて自分を見いだし、ゆるしてこそゆるされ、

死ぬことによってのみ、

永遠のいのちによみがえることを

深く悟らせてください。


出典

家庭の祈り (非売品)

カトリック麹町聖イグナチオ教会

2011年度「家庭の年」小委員会

 

この祈りは、

13世紀にイタリアで活動した、フランシスコ会の創設者、アッシジ聖フランシスコに由来するとされた祈りです。

著名な宗教家や政治家が演説の中で引用や朗誦を行い、公共の場で聴衆と共に唱和しています。


•マザー•テレサ

1979年、ノーベル平和賞の授賞式で聴衆に共に唱和することを呼び掛けました。


•ツツ主教

南アフリカで、アパルトヘイト政策に対して非暴力抵抗を行ったことで1984ノーベル平和賞を受賞。

この祈りを愛唱していました。


ヨハネパウロ二世

1986年アッシジでの世界宗教会議で、この祈りを何度も引用し、聴衆に唱和することを求めました。


•マーガレット•サッチャー

就任直後の首相官邸前で、この祈りの一節を引用しました。


•ビル•クリントン

1986年、訪米したヨハネパウロ二世との会談で「この国では、プロテスタントの人もカトリックの人も、この祈りを持っています。」と話題にしました。


教皇フランシスコ

2019年訪日の際、長崎平和公園でのスピーチで引用しました。

 

出典

ウィキペディア

ja.m.wikipedia.org


♡祈りのカードは、教会案内所(女子パウロ会のお店)にございます。

 

✤短い祈りの言葉から覚えたい…という方に。


•悪を避け、善を行い、平和を尋ね求め、追い求めよ。

詩篇 34.15


•貧しい人は地を継ぎ、豊かな平和に自らをゆだねるであろう。

詩篇 37.11


•無垢であろうと努め、まっすぐに見ようとせよ。平和な人には未来がある。

詩篇 37.37


•悪を耕す者の心には裏切りがある。平和を勧める人の心には喜びがある。

箴言 12.20


•平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。

エフェソへの信徒の手紙 4.3

 


②教会全体の中で
✤平和の職人になること。

 平和の種を蒔くこと。


平和の職人って、何をするのでしょう?平和の種は何処にあるのでしょう?

 

教皇フランシスコが、著書「使徒的勧告 喜びに喜べ」でのべていることを紹介します。

 

「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」


和を重んじる人から平和が始まります。その人は社会に平和と友情を築きます。いかなる場所でも懸命に平和の種を蒔く人にイエスは、「その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5.9)というすばらしい約束をなさいます。


弟子たちには、どこかの家に行ったなら「この家に平和があるように」(ルカ10.5)というように命じています。


神のことばはすべての信者に対して、人々とともに平和を追い求めるよう勧告しています。(二テモテ2.2参照)

「義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれる」(ヤコブ3.18)からです。


わたしたちの共同体で、なすべきことに迷いが生じた場合には「平和…に役立つことを負い求めようではありませんか」(ローマ14.19)

一致は不和に勝るからです。


誰のことも除け者にせず、一風変わった人も、厄介で面倒な人も、要求の多い人も、自分たちとは違う人も、人生に打ちのめされている人も、自分と異なる関心をもつ人も受け入れる。


福音の教えるこうした平和を築くことは簡単ではありません。骨の折れることで、頭と心をぐっと広げることが求められます。


それは「机上の合意や、少数の幸福な者のためのはかない平和」でも、「少数の人による少数の人のための」計画でもないからです。

争いに目をつぶったり、そらそうとすることでもありません。そうではなく「対立に耐えてそれを解決し、新しい道の連なりへと、それを変貌させる」試みです。


問われているのは平和の職人になることです。

平和を築くということは、冷静さ、創造性、感受性、よい腕が必要な手仕事だからです。


周囲に平和の種を蒔くこと、それが聖であるということです。


出典

使徒的勧告 喜びに喜べ

教皇フランシスコ

2018年10月5日発行 カトリック中央協議会

 

わたしたち全員が、「平和の種」を持っています。

目に見えない小さな種かもしれません。一人で蒔いて育てる時もあれば、みんなで蒔いて育てる時もある…。

義の実がみのった時に、一番喜んでくれるのはイエス様かもしれません。

 


✤平和のあいさつ

「平和がありますように」


一神教が広く行き渡った中東の国々では、それぞれの言語で「平和」を意味する言葉をあいさつとして使ってきました。

ヘブライ語で「シャローム

アラビア語で「アッサラーム

相手の心や身体の平安、世の中の平和を祈る言葉であり、あいさつです。


キリスト教では、

「あなたがたに平和があるように」

(ルカ24.36、 ヨハネ20.26)と、復活したイエスが私達に呼びかけてくれています。


出典

ウィキペディア ja.m.wikipedia.org

 

✤ミサの中でも「平和のあいさつ」をしています。


ミサで、聖書の朗読と説経が終わると「ことばの典礼」が始まります。

典礼が進み、パンと葡萄酒の儀式の中で、


司祭「主はみなさんと共に」

会衆「また司祭と共に」

司祭「互いに平和のあいさつをかわしましょう」


そして、聖堂内の全員が「主の平和」と言って、隣の人、まわり人とあいさつを交わします。

微笑まれる方もいます。

耳の聴こえない方は手話で表します。

聖堂が和み、穏やかな雰囲気になります。


未信者の方も、初めてミサに与る方も、ぜひ平和のあいさつを交わしてください。少し勇気が必要かもしれませんが、隣にいる方に「主の平和」と言ってみてくださいね。

言えない時は…、ちょっと頭を下げるだけでも「平和」が伝わると思います。

 


③平和のためのカトリック教会の団体など
平和の種を蒔くことの一つに、ボランティア活動があります。

教会に来る人達は、どのようなボランティアをやっているのでしょう?


カトリック東京ボランティアセンター(CTVC)

責任者 幸田和生 (司教)

102-0032

港区六本木4-2-39(フランシスコ会聖ヨゼフ修道院内)

 

東京大司教区では、東日本大震災の被災者、避難者への支援活動を行うため2011年4月24日、カトリック東京ボランティアセンターを開設しました。活動内容は、


ボランティアの派遣、

東京近郊への避難者を支援、

支援を行う他団体との連携 です。


また、震災を過去の出来事…として風化させないために、2014年から「思いつづける3.11」という祈りのつどいを続けています。(2020年は新型コロナウイルス感染拡大により中止)


東北地方の活動拠点(写真)

宮城県亘理町

山形県米沢市

福島県南相馬

福島県白河市

福島県福島市

福島県会津若松市


•被災地での短期間の活動(ボラパック)、長期間の活動(2週間以上)の参加者募集、最新情報については、

ctvc.jp  よりご確認ください。


✤カリタスジャパン

責任者 菊地功(大司教) 

(宗)カトリック中央協議会カリタスジャパン

江東区潮見2-10-10

日本カトリック会館6F


カリタスは、「愛」という意味のラテン語です。感情的な好き、嫌いではなく、相手を無条件に大切にすることを表しています。


日本のカトリック教会として、国際カリタス、その他の国際機関との連携を保ちながら、救援金などの募金活動や、国内で弱い立場におかれた人々が人間らしい生き方を獲得するための啓発活動をしています。


カリタスジャパンは、国際カリタス(本部∶教皇庁)の一員です。


国際カリタスは、1950年教皇ピオ12世に認可された社会活動、救援活動団体です。国連経済社会理事会総合諮問資格を有する国際NGO組織で、加盟国は165ヶ国です。


出典

カリタスジャパン www.caritas.jp

 


イグナチオ教会にもボランティアグループがあります。

その中で、路上生活の方を支援するグループを紹介します。

 

✤「四ツ谷おにぎり仲間」


路上生活の方と共に生きることを目指すボランティアグループ。

毎週土曜日におにぎりを作り、それを持って路上生活の方を訪問しています。

詳しい内容は、公式ホームページ

http://onigiri-nakama.sakura.ne.jp/


をご確認ください。

 

✤「カレーの会」

毎週月曜日に、カレーの会メンバーと、外部からカレーを食べにくる人々達が一緒にカレーを作り、食べ、後かたづけまで行います。

 

✤シャワー

ソーラーによる温水のため、人数に限りがあります。


✤ヘアーカット

理容師の信者さんによるヘアー

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