教皇について

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教皇フランシスコ

 

 

1, 教皇はなにもの?


教皇は  イエス&聖ペトロの後継者

教皇」はラテン語で "お父さん" の意。

   わたしたちは「パパ様」と親しみを込めて呼んでいます。

 

教皇とは、ローマカトリック教会だけの最高位の聖職で、実はこんなにたくさんの肩書があります

ローマ教区司教, イエス・キリストの代理者, 使徒たちのかしらの後継者, カトリック教会の最高司教, 西ヨーロッパ総大司教, イタリア首座司教, ローマ教会管区首都大司教, バチカン市国元首...

 

キリストから使徒の長に選ばれた聖ペトロ。イエスはペトロに、自身の代わりに全教会の世話するよう託されたのです。ですから、わたしたちにとって教皇とは、2000年の時空を超えたダイナミック存在なのです。

 

「あなたは岩(ペトロ) である。この岩の上に私の教会をたてよう。死の力もこれに勝つことはできない。わたしは天の国の鍵を授ける。あなたが地上で縛るものは天でも縛られ、あなたが地上で解くものは天でも解かれるだろう。」マタイ16章18-19節

 

・何故、イタリアのバチカンにいるの...?

ローマで聖ペトロが殉教した事。奇しくも、そのローマはその当時の地中海世界の中心地だった事。そんな理由が重なったためです。

 

初代教会の時代からローマ司教は、特別地位の存在。全世界に教会がひろがると、司教団の筆頭となっていき、教皇と呼ばれるようになりました。ペトロと他の使徒たちが一つの団体を構成したように、ペトロの後継者である教皇と、使徒たちの後継者である司教たちは互いに結ばれ、カトリック教会全体を導いています。ローマ教皇は教会の一致の象徴です。

 

 ・教皇?パパ?...あなたは何と呼ぶ?

教皇」です。

 

日本では近年まで「法王」......このような表記が多くみられました。主にマスコミや政府関連の報道や記事にみられる呼び方でした。しかし、一般のカトリック信徒の間では、ずっと「教皇さま」とよんできました。

 

2019年11月のフランシスコ教皇来日にあたり、日本政府は「教皇」の呼称を採用することになりました。

 

あなたは何と呼びますか?

法王、ローマ法王ローマ教皇教皇様、パパ、パパ様?

 

カトリックの構造(ヒエラルキー)


ヒエラルキーという言葉は、カトリック教会のこの体制が語源だって知ってましたか?


ヒエラルキーとは、階層制や階級制のことであり、主にピラミッド型の段階的組織構造のことを指します。元々は、聖職者の支配構造で、かつてのカトリック教会や正教会などが、この言葉の現代的意味において「階層的な」組織を持っていたことに起源があります。

現代では、社会システムのそのものから企業体系など広義の意味で用いられていますが、一般的には「ヒエラルキーの崩壊、打倒」など、マイナスのイメージとして使われることが多く、かつ、ヒエラルキーという構造そのものではなく、ヒエラルキーの上層のみを特定した意味で用いられることが多くなっています。

(出典:wikipedia)

www.https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒエラルキー

 

カトリックヒエラルキーは、以下の階層に分かれています。

1. ローマ教皇・・・カトリック教会の総代表者で、全カトリック教会の裁治権と統           治権を持つ。

2. 枢機卿団・・・教皇庁で働く高位聖職者や世界の重要な司教区の司教たちの中か          ら教皇によって任命される。教皇選挙に参加できるのは80歳未満          の枢機卿

3. 司教・・・使徒たちの後継者であり、教え、聖化し、統治する務めを与えられた        者であるとされる。ローマ教皇もまた、司教の一人であるが、使徒ペ        トロの権能を引き継いでいるとみなされ、司教団の中における特別な        地位を認められている。

司教の本来の職務は、教区の責任者として教区内の教会を統治することで、キリストの代理者として、司祭・助祭の協力を得て司牧の務めを果たすものとされている。通常の司教(教区司教)のほかに、(大司教など職務の多い)司教を補佐するために「協働司教」や「補佐司教」が任命されることがある。

4.司祭と助祭・・・司教の職務を補助している。司祭には、教区に属する教区司祭        (かつて「在俗司祭」とも呼ばれた)と、修道会に属する修道司祭          とがあり、どちらにも属さないフリーの司祭というものは存在し          ない。

カトリック教会の聖職者(司教・司祭・助祭)は、独身の男性に限られ、叙階の秘跡を受けることで選ばれる。

出典:wikipedia

www.https://ja.wikipedia.org/wiki/カトリック教会#組織

 カトリック教会の聖職者として、キリスト教外の方々から一般的に連想されるのは「神父」でしょう。神父は、正しくは「司祭」といいます。そして、司祭の上下に、下図のような聖職位階があります。「助祭」以上が、カトリック教会の聖職です。

出典:カトリック大分教会

https://sites.google.com/site/parishoita/home/goannai/sikyouza

 

教皇はどうやってきまるの?

選挙で枢機卿の中からえらびます。

 

教皇ファッション


ズケット(カロッタ)

パパ様来日で、パパ様が着用している小さな帽子が気になりませんでしたか?

カトリック教会の高位聖職者が被る小形円形の帽子は、「ズケット(イタリア語)」または「カロッタ(ラテン語)」と呼ばれています。

13世紀ごろから使われはじめ、最初はミトラ(司教冠)の代わりに着用されていましたが、 次第にミトラをかぶるときにその下に着用するようになりました。 その後ミトラをかぶっているときだけでなく、 通常も用いられるようになりました。1968年、パウロ6世によって、高位聖職者はズケットを着用するよう定められ、現在、教皇は白、枢機卿は赤、司教は赤紫、大修道院長は黒色のズケットをかぶります。

典礼においては、ミサの奉献文を唱えるときにズケットを取り、聖体拝領が終わるとまたかぶります。 また顕示された聖体の前、聖体行列では、着用しません。

出典:Laudate | キリスト教マメ知識 (pauline.or.jp)

 

ミトラ(司教冠)

司教が典礼(奉神礼)の執行時にかぶる冠をいう。カトリックの司教はミトラの下にカロッタを付けている。

 

バルクス(司教杖)

司教杖(しきょうじょう)は、司教(主教)が祭式の時に手に持つ杖のことである。牧杖、あるいはバクルス(ラテン語: baculus)とも言う。典礼の冠のミトラ同様、司教(主教)の権能の象徴である。司牧者としてその教区の信徒を牧することを表すため、カトリック教会の司教杖は羊飼いの杖に似せて、先端が曲がったゼンマイのような形をしている。

出典:ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E6%95%99%E6%9D%96

 

 

◆歴代教皇

①歴代教皇一覧 (カトリック中央協議会掲載)
②第266代教皇フランシスコ

ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)。2013年3月13日~現在、在位。1936年12月17日、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。イエズス会出身。アルゼンチンで同会の管区長、神学院長などを務めた後、ブエノスアイレス大司教に。そこから教皇に選出。イエズス会出身、またラテンアメリカ出身の初の教皇。                         

出典:カトリック中央協議会

https://www.cbcj.catholic.jp/catholic/pope/francis/

 

 ③教皇ベネディクト16世

第265代教皇ベネディクト十六世(ヨゼフ・ラッツィンガー)。2005年4月19日~2013年2月28日、在位。1927年4月16日、ドイツ・マルクトル・アム・イン生まれ。

1981年3月、教皇ヨハネ・パウロ2世が、ラッツィンガーを教理省長官に任命。教皇位を受けるまでその地位にあった。ヨハネ・パウロ2世の健康状態が悪化するにつれ、教皇の側近であり実質的に教皇庁をとりしきっていたラッツィンガーは後継教皇の最有力候補とみなされるようになり、2005年4月19日、コンクラーヴェ教皇選挙)は2日目にしてラッツィンガーを新教皇に選出(選出時78歳)。

2013年2月には、高齢を理由に突然の辞意表明。通常終身で務められていた教皇職を自ら離れ、世界を驚かせました。ローマ教皇が自ら辞任を申し出るのは歴史上極めて異例であり、自身の意思で辞任するのは1294年のケレスティヌス5世の辞任以来719年ぶり、史上2人目となる。

教皇の辞任は教会法に規定があるものの、先例が数百年以上前になるために辞任後の教皇の称号や権限などの処遇は教会法で明確に規定されていなかった。このため退職した司教が「名誉司教」と呼ばれることにならい「名誉教皇 (Pope emeritus)」という称号が新設された。また「名誉教皇」も「教皇名」と「聖下」の尊称で呼ばれる。「名誉教皇聖下」と呼ばれた人物はこれまでになく、ベネディクト16世が最初の例となる。また服装も教皇と同様に純白のスータンとカロッタと呼ばれる帽子を着用する。しかしケープと飾り紐と「教皇の赤い靴」の着用はない。

出典:ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%8816%E4%B8%96_(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87)#%E6%95%99%E7%9A%87%E5%B0%B1%E4%BB%BB%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AE%E7%95%A5%E6%AD%B4

https://www.cbcj.catholic.jp/catholic/pope/benedictxvi/

ベネディクト16世教皇は、2005年5月13日に教皇として最初の列福調査開始を命じました。調査対象は前教皇であるヨハネ・パウロ2世。通常は死後5年を待たないと列福調査は開始されませんが、前教皇は生前から聖人の誉れが高く、特例として死後まもなくの調査開始となりました。

2011年1月14日、ベネティクト16世教皇ヨハネ・パウロ2世を「福者」に認定、同年5月1日に列福式を執り行うと発表し、予定通り同日に列福式が行われました。

2013年7月2日、聖人になる条件である二つ目の「奇跡」が認定され(列福式当日の2011年5月1日、重病のコスタリカの女性がヨハネパウロ2世に祈り続け、回復した出来事が奇跡と認められた)、3日後の7月5日にはフランシスコ教皇がこれを承認し、列聖が確定されました。これにより死後9年25日での列聖となり、近年では最速の記録となりました。

出典:ウィキペディア

www.https://ja.wikipepedia.org/wiki/ヨハネ・パウロ2世_(ローマ教皇)#列福・列聖

 

教皇ヨハネ・パウロ2世は、最速で列聖が確定されました。では、列福福者として認められること)、列聖(聖人として認められること)とは何でしょうか。以下はそれぞれの敬称の説明です。

 尊者:教皇庁聖省が様々な調査によって、その人物の生涯が英雄的、福音的な生き方で     あったことを公認する時につけられる敬称です。

 福者:聖人の位にあげられる前提として、尊者の徳ある行為あるいは殉教によりその生涯   が聖性に特徴づけられたものであったことを証して「福者」という敬称がつけられま   す。そして現在は天に在住し、福者の列に加えられることを「列福」といい、その式   を「列福式」といいます。

福者になるためには、その人に祈りをささげることによって重い病気から回復した、といった、一つの「奇跡」が必要です。殉教者の場合は必要ありません。調査委員会が中心になってさまざまな資料を集め、厳密に調べます。その最終的調査資料のもとで、列聖省の専門委員会を経て同省の枢機卿委員会での会議を通った後、教皇列福の教令に署名し、列福式をもって「福者」と宣言されます。

 聖人:「聖人」とは、生存中にキリストの模範に忠実に従い、その教えを完全に実行した    人たちのことであり、神と人々のために、またその信仰を守るためにその命をささ    げるという殉教もその証明となります。福者の列に加えられた(列福)後、もう一    つの「奇跡」が前提となり、福者と同様な調査と手続きを踏んで教皇が公に聖人の    列に加えると宣言し(列聖)、その式(列聖式)はローマの聖ペトロ大聖堂で盛大    に執り行われます。

教会が聖人として公に認めるということは、天国の栄光の中にいること、全世界の人々がその聖人に取り次ぎを願ってよいこと、崇敬するに値し、世界中の全教会で公にこの聖人の日を祝うことになることを意味します。

日本の教会に関係する聖人では、聖フランシスコ・ザビエルをはじめ、日本26聖人殉教者、聖トマス西と15殉教者、聖マキシミリアノ・マリア・コルベ神父がいますが、今でも彼らを崇敬するのは現代社会にあって福音的な生き方の模範になる人だからです。さらには今、神のもとにいる聖人が私たちのために執り成し、やがてはこの世を去るわたしたちが、神のもとで永遠の喜びにあずかるように祈るという「聖徒の交わり」を信じるからこそ、特に日本と深いかかわりのある聖人をこころから慕い、祈り求めるわけです。

出典:カトリック中央協議会 https://www.cbcj.catholic.jp/faq/saints/

 

 

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教皇ヨハネ・パウロ2世


教皇ヨハネ・パウロ2世

第264代教皇ヨハネ・パウロ二世(カルロ・ヨゼフ・ヴォイティワ)。1978年10月16日~2005年4月2日、在位。1920年5月18日、ポーランド・ワドヴィッチ生まれ。第2次世界大戦とその後の共産党政権で苦悩したポーランドの教会出身。26年を超える在位期間中に世界各国を精力的に歴訪し「空飛ぶ教皇」と呼ばれる。1981年2月には教皇として初来日。

出典:カトリック中央協議会

https://www.cbcj.catholic.jp/catholic/pope/johnpaulii/

ヨハネ・パウロ2世は、1981年2月23日から26日、教皇として初めて日本を訪問されました。日本の地に降り立った教皇は、羽田空港の滑走路に敷かれた絨毯にひざまずき、大地にキスして日本への敬意を表明されました。たいへん印象深い光景でした。

東京では、23日に聖職者の集い、全国信徒代表の集い、司教団の集いなどに臨席、翌24日には後楽園球場にて教皇ミサが挙行されました。25日には上智大学を訪問、その後広島、長崎を訪問されました。

 

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教皇ベネディクト16世

◆2019年のフランシスコ来日

ローマ教皇、38年ぶり来日! すべてのいのちを守るため PROTECT ALL LIFE。2019年11月23日に、日本では二度目となる「教皇来日」のお恵みをいただきました。教皇フランシスコは3泊4日の日程で、東京・長崎・広島を訪問され各地で歓迎を受けました。

①テーマ すべてのいのちを守るため PROTECT ALL LIFE

 

教皇来日スケジュール

 【教皇来日スケジュール】

2019年11月23日(土) バンコクから東京(羽田空港)に到着、歓迎式典の後

           ローマ教皇庁大使館にて司教との集い

2019年11月24日(日) 東京-長崎-広島-東京  <航空機で長崎へ移動>

(長崎)・核兵器に関するメッセージ(長崎爆心地公園)

            ・日本二十六聖人殉教者への表敬(西坂公園・殉教の記念碑) 

          ・ミサ(長崎県営野球場

(広島) ・平和のための集い(広島平和記念公園) <航空機で東京へ移動>

2019年11月25日(月)

 (東京)   ・東日本大震災被災者との集い(ベルサール半蔵門

             ・天皇陛下との御会見(皇居)

             ・青年との集い(東京カテドラル聖マリア大聖堂

                ・ミサ(東京ドーム)

             ・首相との会談(官邸)

             ・要人および外交団等との集い(官邸)

2019年11月26日(火) 東京-ローマ

             ・イエズス会員とのプライベートなミサ(上智大学クルトゥルハイム)

             ・イエズス会員との朝食会(イエズス会SJハウス)

             ・病気・高齢の司祭を訪問(イエズス会SJハウス)

             ・上智大学訪問

             ・別れの式(羽田空港

出典:POPE IN JAPAN 2019

https://popeinjapan2019.jp/

 

最終日の11月26日は上智大学内にあるイエズス会SJハウスにて、病気・高齢司祭との面会、会員との朝食会、プライベートミサが催されました。

当日は厳重な警備の中、白バイ隊に先導され、パパ様が乗った車列が上智大学構内へ入っていきました。一目でもパパ様に会いたい方々がソフィア通りに、大学構内には学生・教職員が集まりました。

1段目左の写真にある寄せ書きは、神学部学生から渡されたものです。パパ様が受け取り、にっこり微笑んで寄せ書きを広げ、渡した学生は感極まって涙と笑顔を見せ、周囲一帯に温かい空気が流れました。

3段目の写真は上智大学6号館1階の展示コーナーです。こちらには、東京ドームでの教皇ミサでパパ様がお掛けになった白い椅子が展示されています。ぜひお立ち寄りください。