他の教会〜建築&芸術

II-9:【他の教会〜建築&芸術】

1.カトリックの建築

2-1. 教会建築を見てみよう〜東京の教会建築

2-1. 教会建築を見てみよう〜世界の教会建築

3. イグナチオ教会

 

 

カトリック教会の建築は美しく、立ち止まって見上げた…そんな経験をした方も多いのではないでしょうか。

さぁでは、何で教会は建築が美しいのでしょう?もっと簡素でも良かったのでは…?そんな風に思う方もいるかもしれません。


答えは、

信仰のため。神様を賛美するため。祈りの空間を作るため。


カトリック教会は、古くから、最新の技術や表現手法を使って建築されてきました。それは、「素晴らしいものは神様に捧げるもの」という信仰的な背景があります。また、神様や聖人や自然を自由に表現してよい、という典礼的背景もあります。


例えば、ゴシック建築は当時は最新鋭の建築方式でしたし。ステンドグラスは、いわば知識の結晶でした。

 

これから、ここに近いカトリックの教会と、世界の教会の建築や美術を少し見ていきましょう。

 

2-1. 教会建築を見てみよう〜東京の教会建築
カトリック神田教会

保護者 聖フランシスコ・ザビエル

1874年(明治7年)1月に創立され、築地教会と共に東京で最も古い歴史ある教会で、国の登録有形文化財に指定されています。

1872年、三番町にあったラテン学校(神学生養成施設)が、神田猿楽町に移転して、現在の神田教会の始まりとなりました。

その後、神田一帯の大火(1913年)、関東大震災(1923年)などで被害を受けましたが、1928年(昭和3年)現在の聖堂が完成しました。

第6代東京教区長 土井辰雄大司教様は、1952年〜1964年の関口カテドラルが再建されるまでの間、神田教会をカテドラルとして用いられました。

白柳誠一枢機卿様のご尽力により、聖フランシスコ・ザビエルを保護の聖人とする神田教会に、聖人の聖遺骨が安置されました。遺骨の保管箱は、神田教会聖堂の形に造られ、その台座には「聖フランシスコ・ザビエルの聖遺骨ここに在り。ザビエルの心、この前で祈る人々の中に在れ。」とラテン語で記されています。


設計はマックス•ヒンデル氏(スイス)

外観はロマネスク様式、内部はルネッサンス様式で、東京の都心部にあるとは思えない、重厚かつ静寂な建築です。


出典

カトリック神田教会パンフレット

•いつくしみの特別聖年/巡礼手帳

2016年2月10日発行 東京大司教

ウィキペディア ja.m.wikipedia.org

 

カトリック築地教会

保護者 聖ヨセフ

1874年(明治7年)11月22日東京市から中央区明石町の居留地の一部を借り入れ、パリ•ミッション会が仮聖堂を建てました。神田教会と同じく、東京で早い段階から日本人のために開かれていた教会です。

1877年(明治10年)司教座が置かれ、1920年に司教座が関口教会に移動するまで東京大司教区の司教座聖堂でした。


関東大震災の被害の後、1927年(昭和2年)に完成した聖堂は、ジロジアス神父と石川音次郎伝道師による設計で、古代ギリシャドーリア式神殿を忠実に模して建設されています。

正面にドーリア式の柱が並ぶ白い神殿のような聖堂は、東京都選定歴史建造物、および東京都中央区の区民文化財に指定されています。


その美しい外観は気品を感じます。

 

出典

カトリック東京大司教区ウェブサイト tokyo.catholic.jp

•いつくしみの特別聖年/巡礼手帳

2016年2月10日発行 東京大司教

•tokuhain.chuo-or.jp

 

2-2教会建築を見てみよう〜海外の教会建築

①サン•ピエトロ聖堂

バチカン市国の南東端にあるカトリック教会の総本山。

サン•ピエトロは聖ペトロの意味で、12使徒のペトロのイタリア語であるサン•ピエトロに由来しています。

セントピーター寺院、聖ペトロ大聖堂と表記されることもあります。

大聖堂の歴史は、カトリック教会の歴史でもあります。

イエス・キリスト磔刑後、ペトロは生まれ故郷のガリラヤからローマにやって来ましたが、皇帝ネロによって処刑されたと言われています。ペトロが殉教したとされる場所は、サン•ピエトロ広場の現在も建っているオベリスクの近くです。

そこに、最初は赤い岩が置かれ、その後小さな礼拝堂が建てられて、紀元前360年頃に初代のサン•ピエトロ大聖堂が完成しました。

その後、15世紀には老朽化し、1506年教皇ユリウス2世によって再建着工。ミケランジェロらの数々のルネッサンスの巨匠たちによる1世紀におよぶ大改築が始まりました。

1626年11月18日に、バロックルネッサンス様式の世界最大級の大きさを誇る現聖堂が完成しました。


出典

ウィキペディア j.m.wikipedia.org

•エクスペディア www.expedia.co.jp

 


サグラダ・ファミリア

日本語に訳すと聖家族贖罪教会。スペインのバルセロナにあるカトリック教会で、聖家族教会と呼ばれることも多い。


建築家アントニオ•ガウディの未完作品で、「カタロニアモダニズム建築」といわれバルセロナ市のシンボルでもあります。

ガウディは、曲線を使ったユニークな建物を設計することで知られています。19世紀末にサグラダ・ファミリアの建築が始まると、他の仕事を全て断わり、建築現場に泊まり込むほど教会造りに熱中していましたが、完成を見ることなく1926年に73歳で亡くなりました。

その後、1984年に「アントニオ•ガウディの作品群」を構成する物件として世界文化遺産に登録されました。


2010年、教皇ベネディクト16世がミサと聖別(聖堂に水を注ぐこと)を行いました。


2013年に、「ガウディの没後100年にあたる2026年に完成予定」と発表されましたが、2020年に新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行し、スペイン国内でもロックダウン(都市封鎖)が行われ、工事が中断され、観光客への拝観チケット販売もままならないため、資金不足の状態です。財源は全て個人からの寄付と、観光収入でまかなわれているので、2026年の完成は不可能と見られています。


1978年から、日本人彫刻家の外尾悦郎さんがサグラダ・ファミリア主任彫刻家として従事されています。


出典

ウィキペディア  ja.m.wikipedia.org

•tabikobo   www.tabikobo.com

 

3. イグナチオ教会
聖イグナチオ教会献堂記念写真集(非売品)2006年6月6日発行

より、紹介します。


✤祈りの空間をつくる、ということ

To make a space for prayer


誰でもが祈れる空間。建築家は光、音、そして空間までもデザインしました。

 

•主聖堂 楕円形の聖堂は、ミサに集うすべての人の祈りの場です。(写真)


•ステンドグラス 原画制作 上野泰郎 (写真)


•聖櫃 金工作家 奥村公現(写真)


•マリア聖堂 柔らかな光の高窓で囲まれた聖堂は、またイグナチオのステンドグラスに見守られています。(写真)


•ザビエル聖堂 日本的な精神性を感じさせる小聖堂。窓越しに内と外をつなぐ水面の揺らぎが光を受けて輝きます。(写真)


•クリプタ地下聖堂 主聖堂の下には、地下聖堂と納骨堂があります。旧聖堂の祭壇、イエスの聖心像、聖母子像、洗礼盤、ステンドグラスが先祖の遺骨を見守っています。(写真)


•鐘楼•回廊 人々に祈りの時を告げる鐘の音。鐘楼は街ゆく人々への道標となり、回廊は修道院を彷彿させます。(写真)


✤教会らしい教会を


第3代主任司祭(聖堂完成時は助任司祭)

山本襄治s.j. (☆1928〜2012✞)


主聖堂に入る。正面のイエス像が「シャローム(平和)」と呼び掛けていそうだ。十字架の輪郭は、今にも、同色の壁に吸い込まれそうだ。

その上に飛び出しているイエスは、十字架に対する勝利•復活を表し、聖堂全体を喜びで包む。

(中略)

神が、設計者、施工者、すべての関係者を祈りと黙想に導き、愛と心遣いに満ちた教会を創造した。

 

✤坂倉建築研究所

木造教会堂建替えの指名設計競技にて指名された。現行ミサに適合する1000人規模のミサができる大聖堂、旧聖堂のステンドグラスを象徴的に残した中聖堂、日本人が祈れる空間を和のデザインに求めた小聖堂、地下聖堂、信徒会館で構成され、敷地の緑や空に開く配置設計となっている。


2001年 建築業協会賞 受賞


出典

坂倉建築研究所

www.sakakura.co.jp